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みんなで書評を書いて読む(新書編) ↓ ぼくたちは「ふつう」じゃない (異形ファイターたちの居場所) 別館にて掲載中!↓ 人文通信ヴァーチャル編集室(別館)へ 神戸学院大学人文学部オフィシャルサイトへ おすすめキーワード(PR)
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2006年 07月 22日
今ネクラブームがひそかに広がっている。僕は、明るい人間とネクラな人間のどちらが好きといえば、ネクラである。なぜなら話が面白いからだ。そして普通の人とは違う感性をもっている。それを探るのが、たのしいのだ。面白い人は、ネクラに多いといわれているが本当である。
何故そう思うか。これは僕の勝手な考えなのだが、人間は、一人が好きな人ほどとてもいろんなことを考えている。そしてたまに口にするととても感心され面白いことを言っている。つまり物事を事細かに見ている。それを長い時間をかけて分析しているのだ。まさに、専門家気質。 そしてそれをアレンジしていく。ついに自分のものになるのだ。面白い人間は、これができる。明るい人間にも面白い人がいるのは確かである。しかし少ないと思う。友達に囲まれているとやはり一人で考える時間は減るだろう。発散(遊び)を続けるとだんだん薄い人間になっていく。そりゃそうだ。考える時間がないのだから。だから芸人や芸能人はネクラが多いといわれている。クリエイティブな人は考えなくてはならない。そして傍観者からの目が必要だ。人間観察をし、人にウケる話を作る。ネクラな人は、これが小さい頃から当たり前になっている。1人になると学校の中で傍観者になることが多い。第三者は、一歩離れたところから見れる。だからいろんなことが知れるのだ。劇やドラマも見ているのは第三者である。第三者の自分が見て面白いと感じれば、それは他の人にも面白いにつながると思う。 おもしろいをつくるのは ・考える ・傍観者から見る これが重要だと思う。だからネクラはおもしろいのだ。 以上僕のネクラ論です。 文・オオカマキリ 2006年 07月 11日
家族論。
そんなことを語るほど人生を駆け抜けてきたか、 と言われればそこまでだけれども、 家族について書こうと思いたった。 私は、五人家族の末っ子に生まれた。 父、母、姉、兄のもとに生を受けた身である。 私が生まれた年、国鉄が民営化されJRが誕生し、携帯電話サービスが始まった。 平成を前にして日本が新世紀時代に走り出した時代だったらしい。 いまでこそ当たり前に利用しているサービスや当たり前に感じている社会の流れが私とともに生まれたのだと思うと、 妙に親近感が湧いてくる。 そんな時代に生まれた私も、あとわずかで20歳を迎える。 大人の仲間入りといわれる年。 当の私は大人と呼べるほどではないけれど。 考えてみれば家族がいたからこそ、ここまで成長してきたのだと思う。 今まで過ごした19年間を振り返ると、やはりそこには家族があった。 とりわけ一つ屋根の下で過ごした五人の家族だ。 昨年私が実家を離れここ兵庫に一人暮らしを始めるまで、家族には支えられてばかりだったなと、あらためて思う。 家族の柱を築き、人生のあり方を言葉少なではあったけれど示してくれた、父。 仕事の都合で家を離れることがあった父に代わり、心も体も成長させてくれた、母。 異性であり、年も離れている末っ子の私を時には叱り、かわいがってくれた、姉。 同性にしかわからない心の動きを常に感じ取ってくれ、しょっちゅう連絡をくれる、兄。 一つの苗字にまとめられた五人がそれぞれの個性を持って、 お互いを刺激しあい、生活してきた。 しかし残念なことに、現在兄も私も実家を離れて生活しているため、 家族全員が揃うことは年に数えるほどしかない。 子どもはいつか自立する、とよく言われるが、 やはり家族でありながら居住を別にすることは寂しいものだ。 家族の絆、家族だからこそ分かり合える安らぎを感じたいと、実家を離れた今、痛切に思う。 そんな寂しさのなかでも、家族の愛は崩れることはない。 季節が変われば、必ず激励の連絡をくれる家族には計り知れない愛を感じる。 家族がこれほどまで果てしない愛に満ちているとは、 今こうして振り返るまでは気付かなかっただろう。 当然のごとく存在するものには、気が付かない熱い思いが眠っていることに、 この歳になって気付かされたような気がする。 話がすこし飛ぶが、 兄が近々新しい家族を招き入れる。 まだ本決まりではないので、大きな声では言えないが、 いわゆる『フィアンセ』らしい。 今年の五月の連休、五人の家族プラス、フィアンセ(仮)で旅行に行った。 家族全員が普段の生活を離れ、のびのびとした時間を共有できたと思う。 それと同時に新しい家族が加わることに、家族全員が真剣に会話していたことが心に残っている。 家族が新たな状況に立つとき、それは喜びでもあるし困難でもある。 それほど大きな問題なのだ。 そのことに五人プラス、フィアンセ(仮)の六人が言葉を交わす姿は、 今思い出してもなんだか嬉しい気持ちになる。 兄にとっての幸せが私の幸せになり、家族全員の幸せになることを願っている。 私はまだ「結婚」とかいう年齢ではないけれど、 いつかどのような形でも構わないので家族全員で共有できる幸せをつかみたいと思う。 言ってしまえば私が今こうして家族への思いを書き綴っていることも、 そういった幸せなのかもしれない。 それでもまだまだ新たな感動が潜んでいるのだと信じ、 充実した大学生活を送っていきたい。 それが今の私にできる、最も大きな家族孝行だ。 文:知 # by omoshirogaru | 2006-07-11 19:50
2006年 07月 10日
土曜日の3時から三宮のジュンク堂へ選書ツアーに行ってきた。私は本が好きなのだが本当に欲しい本というのは自分の部屋においておきたいという収集癖があるので、あまりテンションも上がらず本をいろいろ見ていた。選書ツアーのときにもらう紙というのは15冊書く欄があったので、途中からそれを埋めなければいけないというか、それを全部埋めないと損だと思い始めて全部埋めようと努力して気づいたら10冊の本をその欄に書いていた。ほとんどが安藤忠雄の本や岡本太郎の本で自分の興味のある本を選んでいた。そういった本を学校の図書館が買ってくれるかどうかは知らないが。ただこのような選書ツアーをして学生がいろんな本を自分の目で選び買い足していくシステムというのは面白いと思った。なぜなら図書館の本を買い足していくのはたぶんを私が思うに図書館で働いている人であり、そういった人たちと今の学生たちは少なからずギャップがあると思うので学生の目で本を増やしていくというのが結果的に学生たちに読まれる本を増やすのでいいことだと思った。また機会があれば参加したい。次回は遅刻せずに。
文:山 # by omoshirogaru | 2006-07-10 15:18
2006年 07月 05日
今日はそれほどでもないが、連日日差しがきつい。日焼け止めを実は今年の分買っていないので、じりじりとした日差しは結構いやなものがある。むんとした熱気が更にいやだ。これから接客業のバイトだというときに汗をだらだらかくと、もう泣きそうになる。 逆に今日みたいな日は、うす曇りだと思って油断しているとすぐに雨が降る。 私は傘を持ちあるく習慣がないので、濡れ鼠になることもしばしばだ。 二、三日前の話だが、それでやはり濡れ鼠になった。 ちょうど高校の後輩に春から借りっぱなしだったDVDを返すために、自転車で高校への道を走っていた。部活も違う、ただ友人を通して仲良くなった子なので、家も知らない。 返すにはその子の所属している部活の部室に直接お邪魔するしかなかったのだ。 その途中の道で雨が降った。 DVDの入ったカバンはあわててビニール袋に入れて死守したが、傘は持っていない。 しかも最初は小雨だろうと思い、油断し、傘を売っているであろう商店の前も通り過ぎた。 ところが、私の予想に反し、しかしお約束というべきか雨脚は強くなる。 一時には桶かバケツをひっくり返したような惨事だ。ざあざあと擬音まで聞こえてきた。 あわてて近くにあったセルフのガソリンスタンドに避難したが、なかなかやまない。 どうして傘を持たなかったのかと思いながらも、だってこれは反則だろうと自分で一人問答を始めた。 天気はもともとうす曇りで、それでも午前中は雲のすきまから日差しがさすほどだったのだ。 今だって、俗にいう天気雨で、雨脚こそ強いけれど日は見えている。 一種幻想的なくらい綺麗だ。これだけの勢いの雨のしずくが日のひかりで反射してきらきらしているのは、あまりお目にかかれないのかもしれない。綺麗だった。 ずっとそこで見ているのも一興だったが、しかしとっとと学校に行かないとそろそろ下校時刻かもしれない。それでなくても後輩はちょうど受験生なので、もう帰っている可能性だってある。 覚悟を決めて、また雨の中へと自転車を走らせた。 やはり、雨は雨だが、日に光るその中を通るのはすこし不思議な感覚だった。 気付けばずぶぬれ、濡れ鼠になっており、そうして部室についたころには私はひどく開き直っていた。逆に、そんな風体で部室にやってきた私に後輩たちが驚いていた。そりゃそうだ。 あわてて差し出されたタオルを借りて、お礼を言って、それからDVDを返して他愛もない話をして分かれた。 そんなこんなで結構充実した放課後だった。かなりぬれたがいいものを見れたなと思う。 夏は暑いが、それでも結構私が好きな季節なのはこういうことが原因なのかもしれない。 文:旭
2006年 06月 22日
最近、
毎週木曜日は、 最近雨が多い気がします。 日曜~水曜日までは 文句ないくらいの晴天だというのに・・・ 木曜日になるととたんに 空から雨が降り出します。 どうしてなんでしょうね。 外でスポレクをやっている人が とても残念に思えます。 私も、木曜日はスポレクなんですが、 バレーなんで体育館なんですよ☆ ところで最近 友達と学校探検をしています。 まあ、時々なんですが・・・ 学院って意外と広いんですよ 誰も通りそうにない場所に階段があったり、 なぜだか、草むらに 人が通ったのか、道ができていたり・・・ きれいな花が咲いていたり・・・ 天気のいい日には、散歩してみてもいいかもしれませんね ![]() yuu # by omoshirogaru | 2006-06-22 17:16
2006年 06月 21日
現在、2006年6月21日(水)。
長いことブログを停滞させていたのは私です。 すみません。 久々のブログなので、何を書こうか本当に悩んだのですが、 今日は、私の中で起こった、小さいようでとっても大きな変化について書こうと思います。 2年生になって、 キャリア形成講義Ⅱという授業を受講しています。 その授業の中で、いくつかの質問に対する4つに分類された回答のうち、 自分に最も当てはまる回答に2点、次に当てはまる回答に1点を付け、 最終的に4つの分類のうち、どの分類の得点が最も高いかによって、 自分の仕事に対する適性などがわかる、というアンケートのようなものをしました。 その4つの分類とは、 1、リーダータイプ。社長向き。若干一人で突っ走るワンマンな傾向あり。 2、理系タイプ。頭の中に計算機がある。理論が通っていないと行動できない。タイプ1と喧嘩になる。 3、直感タイプ。独創性あり。芸術家肌。他人と同じは嫌。変人。 4、保母さんタイプ。人に優しい。献身的。ただ自分を抑えてしまいがち。 結構ありがちなものですよね。 私も、授業でやる以前に、高校生のころでしょうか。 やったことがあるんです。 そのときの結果は“2”でした。 理系タイプだったみたいです。 しかしです。 今回このアンケートに再チャレンジした結果、私はタイプ3の人間だということになりました。 真逆じゃないですか? 自分でもびっくりしました。 ですが、よく考えてみると、高校まで学校で学んでいたことと、 今大学で学んでいることって全然違うんです。 高校までは、確かに理系の勉強とかしてましたし、 歴史にも絵画とか彫刻とかにもまったく興味はありませんでした。 それが大学で、絵画や彫刻や、 キリスト教など、その他本当にもう多種多様なことを学ぶうちに、 自分の好みや、やりたことも180度近く変わってしまったんです。 自分のタイプが変わってしまうことも、納得がいきました。 驚いたのは、今回のアンケートをするまで自覚がなかったこと。 そして、適性って自分の興味のある分野が変われば、変化するんだ、ということでした。 学びは自分の世界を広げます。 そして時には価値観すら、変えてしまいます。 でも、自分の変化って案外自分ではわからないものですよね。自分を省みることって、たまにしてみると自分の変化に気づいて楽しいです。 なので、そういう機会があったら是非乗ってみて下さい。 自主的に、っていうと結構難しいものですから。 文:壱 # by omoshirogaru | 2006-06-21 15:46
2006年 03月 31日
音楽を聴く、舞台を観る、海を見る、沖縄に行く、人と話す、思いっきり寝る…。
元気を出すには、好きなことをするのが一番☆ だと思うわけですが、もっと乙女チック?な、いつもしていること、というリクエストをぬりかべさん(前回ブログの)にいただいたので、乙女チックかどうかは謎ですが、いつも心掛けていることを。 それは、「自分の心には素直でいること」。 自分が今、何を考えているのか、どう思っているのか、それだけはごまかさずにいたいと常に思っております。 疲れた時は、「疲れたぁ~」って思いっきり思ってていいと思うんですよ。 もちろん、疲れていても頑張らなければいけない時もありますが。 本当に疲れている時は、「疲れたぁ~」って、少しだけでも(時間が許すならばいくらでも?)思いっきり休んで、また頑張ればいいと思います。 元気がない時、気分がしずんでしまっている時は、そのままでいいと思うんですよ。 しずむだけしずんだら、あとは上昇するのみ。 実際、私は、しずみきったら、ケロっと元気になります(笑) 疲れている自分も、元気がない自分も、気分が沈んでしまっている自分も、 自分だけにはごまかさないで、そのままでいること。 自分で、自分の心の状態を認めてあげること。 人に愚痴ったり、人の前でず~っと元気のない姿をしていると、他の人には迷惑かもしれませんが、自分の前では、元気のないそのままの自分でいても、別に誰に迷惑をかけるわけではありません。自分の前では、“立派な人”である必要はありません。 そのままでいいと思うのです。 自分の心には素直に、そのままでいること。 それが、私の元気を出す方法。 というか、私が常に心掛けていること、です。 自分の人生だから、自分の心には素直に、思いっきり生きるのだ!! こんな感じでいいかな?ぬりかべちゃん(笑) さて、北○くんから私まで、かなり長くなってしまいましたが、前の人からお題をもらって書くという形式で、3年生(新4年生)シリーズをお送りしました。 今はみんな、就職活動等のため、人文通信制作スタッフとしての活動は休止していますが、それぞれ、自分のするべきことを頑張っていることと思います。 明日から4月、新年度のスタート。 人文通信は、今年度より授業になり、新体制でスタートします。 …が、これからも今までと変わらず、制作スタッフ自身も楽しみながら、より良い誌面を目指して、おもしろい情報をみなさまに発信していければと思います。 人文通信を読んでくださっているみなさま、これからもよろしくお願いいたします。 文:桂 # by omoshirogaru | 2006-03-31 22:27
2006年 02月 18日
![]() 1984年 12月7日 上の日付は一体何かと言うと、私の生まれた日だったり。 それが一体、“守護霊”と何の関係が?って感じですが 実はこの年、中国でいう100年に一度の白ねずみの年。 私はこの話を母から教えてもらって、母はこれを昔友達だった中国人の人から教えてもらいました。 何より、この年に生まれた子供は生まれつき幸運が持たされるとか。 あと、生まれた月によっても動物の影響がかなり違ってくる。 中国では、その年の早い月(1月、2月など)に生まれると、その年の動物の影響が薄く、後の月(11月、12月など)に生まれると、動物の影響が濃い。 お母さんのお腹の中にいる時間がながければ長いほど、その動物の力を蓄えるらしい。 私はその白ねずみ年で、更に12月に生まれたということは、一番濃く力が影響していることになる。 自分では、「人より運がすこぶるいい」と思ったことはないけど「自分は運が悪い」と思ったことはない。 どちらかというと、ここぞというピンチの時に限って「運よく」なんとかなってきた気がする・・・。 果たしてそれが、例の白ねずみに関係しているかどうかは分からないけど。 でも私は、この年のこの月に生まれてこなかったら、たぶん今の人生とは全く違うものになっていた気がする。 だから、私の守護霊ってきっとその白ねずみ。 文:ぬりかべ 2006年 02月 15日
最近、写真を撮っていると生きている感じがします。今まで意識していなかったものなんかが良く見えたりします。そんな写真ライフを日々おくっているんですが、人を撮るのが苦手で相手が構えた写真しか撮れない・・・そんな僕に必要なこと
文 ワッkyee ![]() # by omoshirogaru | 2006-02-15 12:34
2006年 01月 12日
2005年 12月 30日
![]() 後期に入って、何かを見据えることを知った。 それは「キャリアトレーニングⅡ」という授業で知ったこと。 自分と真剣に向き合い、自分と目標をシンクロさせて、着実に目標を達成する方法を教えてくれた授業。 ものすごく前向きな仲間たちと、その生き方を教えてくれた先生と。 ゼミみたいな授業で、でもただの「ゼミ生」じゃなくて、「仲間」と言える人たちと。 そんな人たちと過ごす時間は、1週間の栄養剤みたいに充実した授業だった。 初めて見た自分の側面と、その活かし方。 たくさんの人が叫び、文字にし、そして私に告げた、最もシンプルで、それなのにとても大切なことを、本当の意味で『知った』。 そこで私は、今までたくさんの人が私に教えてくれた『言葉』の意味に気付く。 今更になってその言葉たちの意味を理解することになるなんて。 そんな後悔の念が私を侵食した。 「あのときこうしておけばよかった」、「こんな言葉で言えばよかった」… そんな考えがどんどん溢れてきて、もうどうしていいかわからなくなった。 何が悪かったとか、そんなこともわからないくらい、私は色んなことをしてきたと思う。 相手の人に負わせた嫌な気持ちは、今更どうにもならない。 だがしばらく後悔した後、私はこうして知れたことに感謝しようと思った。 だってこれからは、今している後悔をしないように努めることができるんだから。 今知っておかないと、この先もっと後悔するんだろうから。 感謝、しようと思った。 この考え方も、この授業で学んだ。 今まで嫌な思いをさせていた人に、今更謝罪はできないけれど。 これからは、後悔する前に気付くことができる。 後期から、私は変わった。 徐々に大きく、変わっていった。 この授業で知った、前向きな考え方と目標を達成させる熱意と、 その両方が形になって、少しずつ確実に私の中に生まれてきている。 他にも、この授業で学んだことはたくさんある。 言葉では言い難い大きくてまぶしい気持ちも、たくさんもらった。 ステキなものを、たくさんもらった。 後期がもうすぐ終わって、大学生活もあと1年になる。 ここで学んだことと、そこで出会った仲間と。 気付くことができたたくさんのことを、全部自分の中に吸収して。 私はこれから生きていこうと思う。突っ走っていこうと思う。 これから出会うだろうたくさんのものも、絶対手放したりはしない。 そう決めた。 少しずつ突っ走ってきた自分が、今ここにいる。 これからも私は、突っ走る。 こうやって、前向きに走っていく。 文:Lucy # by omoshirogaru | 2005-12-30 00:29
2005年 12月 14日
今年の私は、実に充実した生活をしたと思う。
2月~3月はオーストラリアに短期留学。 7月にはドイツへ演奏旅行。 10月には人文通信メンバーで合宿とディズニーランド。 そして、それに加えてバイトの掛け持ちと楽団の練習。もちろん遊びも忘れない。 ハードスケジュールの毎日で、イヤになることもあるが、その方が充実していて、なんだかちょっと楽しい!! そんなハードな生活の私の癒しは大好きなディズニーたち★ 家の中はディズニーのグッズで埋め尽くされ… 私の持ち物もディズニーばっかり。 ディズニーの番組は逃さない。 イベントはこまめにチェック。 こんな自分に時々笑いが止まらなくなる(笑) だけど、息抜きも大事。打ち込むことも大事。 ディズニーの話をすると突っ走る私。気持ちが止まらない。 ディズニーランドには時間と天気がうまく合えば、ミッキーの影が見えるところがある。 ただ、意味もなくその場所を歩いている時に、発見したのだが。結構マニアの間ではよく知られているらしく…私は知らなかったため、これを見たときに思わず写真を撮った。 しかし、後日現像に出すと全然うつっておらず…その後も何回かその場所に足を運んだが、時間によっては向きが違っていたり、見えなかったり…色々な面が見れた。 こんな所も手を抜いていないディズニーはすごいな…と思う。 これからも私は突っ走って行こうと思う。今しか出来ないこと、自分のやりたいことをやっていきたいと思う。 残り少なくなってきた大学生活を悔いのないように過ごしていこう。 文:サル # by omoshirogaru | 2005-12-14 23:55
2005年 12月 07日
1発目 髪の毛の神がもたらしたご利益
京都の嵐山に紅葉を見に行った時、竹林を抜けた先に、髪の毛の神が奉られてある神社を発見した。 私の友達には、まだ二十歳そこそこのくせに「そろそろ髪の毛やばいって~」と嘆いている友人が何人かいるので、その友人達のためにお祈りをした。将来カツラにお世話にならないように。 それから数日が経ち、自分の頭の将来を不安視する友人を含めて話をしていると、その一人が 「最近さ~、頭皮に毎日話しかけててんよ。そしたら頭じゃなくて胸のほうに毛が生えてきてよ~。」 髪の毛の神がもたらしたのは「髪の毛」にではなく、「胸毛」という形でご利益をもたらしたのである。 神様もなかなか残酷な、でも面白いことをするもんだ☆ 2発目 ディズニーランドで煙草を吸うダンボとミニー 今年の夏休み、人文通信のメンバー何人かでディズニーランドに出掛けた。そこでみんな、ディズニーキャラクターの被り物を身につけ、いざ入園。いろんなアトラクションに乗り、パレードでのキャラクター総出演にテンションも最高潮。さあ次はどこに行く?と意気込むメンバーをよそに、私はあまりに広いディズニーランドに少し嫌気が差すほど疲れ、 「煙草でも吸って休憩してぇな~」 とメンバーに提案。ある女性メンバーが私と喫煙所で煙草タイム。 「やっと座れた~」と一息ついて我に返ると、ダンボとミニーの被り物をつけながら煙草を吸う二人。頭部は夢の世界、それ以外は普通の大人。自分が子供だったら、おそらく二度と行きたくなくなるだろうなと思うようなワンシーンがそこにあった。 3発目 今流行のホワイトバンドを私がつけると…… 私は最近、ニュースの特集で取り上げられていた「貧困救済」の意味が込められているホワイトバンドを身に付けている。 別に本気で貧困救済を願っているわけではないけれども、このホワイトバンドを買うことで誰かの飢えがしのげるのなら300円くらいという思いと、ファッション性が高いということ(こっちの思いの方が高いのだが(苦笑))で購入した。 ところが、いざ学校の連中に 「ホワイトバンド買って~ん☆」 と嬉しそうに話す私の顔がムカつくのか、事ある毎に 「偽善の輪」 とバカにされる。 「まぁ男同士が互いを褒めあう光景なんか気持ち悪い。」 と自分で言い聞かせ、人文通信のメンバーなら理解してくれるだろうと編集室へ。そこで編集長のNさんにこの話をし、ホワイトバンドを見せると、 「そんな流行に乗りやがって、偽善の輪やな~」 ここでもか!私が付けると何故偽善の輪になる?と思いながらも、現在も私はホワイトバンドを付け、流行に乗っかる私である。 文:北○ # by omoshirogaru | 2005-12-07 16:50
2005年 10月 18日
夏休み 地元に帰ったとき、友達に誘われて、コンサートスタッフのアルバイトに参加した。 この野外ライブには、私の好きなアーティストも参加するということで、かなり楽しみにしていた。 炎天下の中、日傘をさして、今か今かと入場を待つお客さんの横を通り、会場入り。 私はクロークの担当になり、テントにむかった。 クロークといえば普通、大きな荷物や、持ち込み禁止のカメラを預かるところ… しかし、なぜかこの日は、日傘も持ち込み禁止に!! この日、日傘を持っていない人を探すのが難しいくらい、多くの日傘が、私たちを待っていた。 4時 開演 ここからコンサートが始まるまでの2時間、嵐のような時だった。 少しでも前に行きたい人からの、「早くしてよ!」などのクレームに耐えた。 コンサートスタッフは、出演者を見てはいけない。これは、バイトという立場上当たり前のこと。 でも、クロークの場所からは、遠くにいるお客さんがアーティストを見ることができるようにと設置されたテレビが丸見えだった。 調子に乗った私は、まだ日傘を預けに来ているお客さんのことを忘れて、一人コンサートに見入っていた。 コンサート中はやることがないために、私はコンサートをずっと見ていた。 アルバイトをしに来たのか、コンサートを見に来たのか、わからなくなりそうだった。 このコンサートには、知らないアーティストが、2,3組いた。 知らない曲なのにすごく心に響いたのだ。 後日、そのとき聴いた歌を、街中で耳にしたとき、なぜかますます好きになった。 またひとつ、興味わくアーティストを発見できた瞬間だった。 たった一日のバイトだったけれど、いろんな新発見ができた。 コンサートの力のすごさを感じた。 テレビなんかとは違う迫力を知った。 いい歌が、よりよく聞こえた。 そして、コンサートスタッフの楽しさも発見できた。 お金を得るだけじゃない。アルバイトの大切さって、こういうところにあるのだろうなと思った。 文:yuu 2005年 10月 08日
![]() 子どもの頃、アメリカから親父が帰ってきて、「土産を買おうと思ったら、日本製ばかりでメイド・イン・USA探すのに苦労した」と言って、コダックのカメラを土産にくれた。ピントもシャッタースピードも固定で、ティントーイみたいなカメラだった。とっくの昔にどこかに行ってしまったが、あれをヤクオクにでも出せば、日本のどこかの好事家が高値で買ってくれたのにと悔やまれる。 今から10数年前、ソニーの創業者のひとりである盛田昭夫が著した「メイド・イン・ジャパン」というタイトルの本があって、ソニー流というか日本流の経営哲学を熱く語っていた。 その頃、日本の産業界はどこも自信満々だった。そしてバブルがはじけ、空白の10年を経て日本の経済は今、ようやく病み上がりということろか。我が世の春を謳歌したソニーだったが、お家芸のモノづくりで他社に出し抜かれ今は往年の輝きはない。 そして幅を利かせていたメイド・イン・ジャパンだったが、いつか気が付けば身の回りのものはメイド・イン・チャイナだったりシンガポールだったりと、ずいぶんと影が薄くなってしまった。 先日、グッドデザイン賞にアップルのアイシャッフルというデジタルオーディオプレイヤーがノミネートされていた。フラッシュメモリーを利用したイヤホンで聴く小型のプレイヤー。低価格でしかもデザインがシンプルということで、かなり売れているようだ。 歩きながら音楽を楽しむための小型プレイヤーは、ソニーのウォークマンがパイオニアだった、デザインもメカニズムも。それが今ではアップルに取って変わられ、ソニーは苦戦を強いられている。 ところで、アイシャッフルはわたしも使っている。マッチ箱くらいの白いプラスチックの筐体の裏側には、Designed by Apple in California とまず書いてあって、その下にMade in Chinaとある。 『モノ作り』より『モノ創り』...。まだまだ日本は病み上がりのようだ。 【小龍包】 # by omoshirogaru | 2005-10-08 00:20
2005年 10月 07日
最近レオナルド・ダ・ヴィンチについて調べています。
きっかけは弟が発した一言でした。 「レオナルド・ダ・ヴィンチ?ああ、コンタクトレンズ発明した人じゃないん」 先日どこかで「レオナルド・ダ・ヴィンチは万能の天才」ということを聞きました。 彼の「画家」という一面しか知らなかった私は、周りの人々に「レオナルド・ダ・ヴィンチは何をした人ですか」と尋ねまわっていたのですが、たいていの人の答えが「画家」「モナ・リザを描いた人」というものでした。 そのような中で、弟の答えは異彩を放ち、私に衝撃を与えました。 その後から、私の周りへの問いかけは「レオナルド・ダ・ヴィンチってコンタクトレンズを発明したの?」に変わり、私の図書館通いの日々が始まりました。 まず、「レオナルド」で検索をかけ、出た本のリストを作りました。 そして、そのリストを参考に図書館を右往左往し、目当ての本を見つけては借りて読む、を繰り返す日々です。 しかし、毎日、私の頭の中にレオナルド・ダ・ヴィンチの出生やモナ・リザや最後の晩餐などのいろいろの知識は増えていくものの、コンタクトレンズに関することはいまだに一文も見つけることができません。 私は当分の間、レオナルド・ダ・ヴィンチと離れることはできないようです。 当分の間、私の図書館通いは続きそうです。 文:蜜柑 # by omoshirogaru | 2005-10-07 14:14
2005年 09月 21日
そのことに気づいたのは、友達の一言がきっかけでした。
「水平線を見たことがない」 確かに、明石からJRに乗って神戸方向に向かっていても、 明石大橋の向こうには淡路島が見えていて、 海と空が交わるところを見ることはなかったことに 言われてみてやっと気づきました。 私の故郷は福井県です。 海と山までの距離が3キロほどしかないような場所に育ち、 日本海が作る水平線を 日常的に見ることができました。 なので、水平線を見ることができる、という環境を 特別なものだと思ったことはなく、 それに気づくことすら今までにはなかったのです。 天気のいい日に浜辺に立って、 海と空との境目を何の気無しにを見ていると、 「嗚呼、地球は丸いんだなぁ」 などと、大袈裟でなく本気で感じることもあります。 その時にこみあげてくる、 あの訳のわからない開放感はどうして生まれるものなのでしょうか。 海や、大地や、そして宇宙。 きっとずっと昔から、 どこまでも続いてゆくものというのは、 人を惹きつけて止まないのでしょう。 水平線や地平線に どうにも言い表せない思いと浪漫を抱き、 その向こう側に何かを求めて、 いつの時代も人々は旅に出たのだろうと思います。 船や、馬や、或いは自らの足で。 その友達に、近いうちに水平線を見せてあげたいと思っています。 水平線の向こう側へは行けなくても、 言葉にできない感情を味わわせてあげたいなと感じました。 ![]() 文:壱 # by omoshirogaru | 2005-09-21 18:43
2005年 09月 19日
先日、沖縄の久米島で一人旅をしてきました。
今も1人で沖縄(本島)にいるので、一人旅と言えば、そうなのですが。 その久米島で、同じく一人旅をしていた2人の女の子と友だちになりました。 1人は、私がビーチで足だけつけてパシャパシャしていた時に、「お一人ですか?」と声をかけてきてくれた女の子。 もう1人は、同じ民宿に泊まっていて、民宿のお母さんのはからいで一緒に、はての浜に行くことになった女の子。 沖縄で、久米島で、一人旅をしている女の子って少ないのかなと思っていたのですが、思いがけず、同年代の女の子に出会うことができました。 一人旅をするようになったのは、本当にここ半年くらいなのですが、一人旅の方がより多くの人に出会うことができる気がします。 何人かのグループで行くと、常にそのグループで行動してしまうので、なかなか他の人と仲良くなることも少ないですし、他の人も声をかけづらいようです。 そうして、多くの人に出会って思うことは、“世の中には本当にいろいろな人がいるのだな”ということ。 当たり前のことなのですが、それを頭で理解するのと実感するのでは大きく違います。 今回、久米島での一人旅で出会った2人の女の子とは、2泊3日の旅の間、一緒に回って、本当にいろいろな話をしました。 現在の状況、将来の夢、やりたいこと、悩んでいること、人間関係、恋愛のこと…。 同年代の女の子なのに、現在の状況、考え方、経験してきたこと、みんなそれぞれに違っていて、それがとてもおもしろくて、勉強にもなって。 この出会いのおかげで、2泊3日だとは思えないくらい、充実した濃〜い旅でした。 この夏休み、久米島で出会った2人の女の子だけではなく、本当に多くの人と出会いました。 やはり、みんなそれぞれに違っていて、学ぶことも、驚くことも、尊敬することも、考えさせられることも、本当にたくさんありましたし、これから神戸に帰るまでも、たくさんあるでしょう。 今、これまでの自分の世界というのは、本当にせまくて小さいものだったのだなと思います。 これまでより広い世界を知って、自分の悪いところも、逆に少しだけですが、自分の良いところ(持ち味?)も見えてきたような気がします。 人と出会い、わかること、教えられること、は本当にかけがえのないものです。 それが自分に反映されるかどうかは、これからの自分次第。 神戸に帰ってからの私の宿題です。 でも、人と出会って、話してみなければ、何もはじまりません。 ちょっと勇気を出して、一人旅をしてみませんか? 飛行機や新幹線や電車や船のチケットの手配や宿の予約。 難しいと思っている人も多いかと思いますが、やってみると、案外、簡単に出来ちゃったりします。 そうこうしているうちに出来ないことが出来ることに変わっていきます。 現在、私はまだ沖縄にいて、一週間後、後期の授業が始まる前日に神戸に帰ろうと思っています。 明日からの宿も、帰りの飛行機のチケットも、まだ手配していませんが、なんとかなるはず。 そんな無計画な旅もいいものです。 無駄に行動力と度胸だけはつきます。 文:桂 # by omoshirogaru | 2005-09-19 18:21
2005年 09月 17日
はじめまして、SZKです。
今回は大学に入ってからの私のスローガンを紹介かな。それは 「めざせ神戸マダム」 学校の勉強にも就活にも関係ないことだけど、何と言うか、女性らしくする事に目覚めたのです。高校までは髪の毛もベリーショートでかなり男の子っぽくしていたから、その反動かな。ちょっと方向性が70年代風な感じになってるけど。 思えば小さい頃から大人になることに憧れていて、自由っていいなぁと思っていたのよね。 そういう気持ちってなかったですかね?例えば、飲んでみたいなぁと思っていてもお酒は飲ましてもらえなかったと思うんです。そういうことがあるたびに早く大人になりたいと思ってたのよね。 それがいつの間にか、1歳トシをとるごとに「いやだなぁ」と思うようになっていって・・・。 でもね、人の魅力や色気ってまだまだこれから磨かれていくんだよね。それを考えると誕生日を迎えるたびに憂鬱になってるのがおかしく思える。 そんな気持ちになる暇があれば、少しでも小さい頃自分がなろうとした大人になれるような努力をしているほうがよっぽど良いよね。 成人という境目はもう越えたけど、自分が成人というほどの人間になっているのかといえば全然なっていないと断言できる。女性らしい言葉遣い、しぐさ、行動、礼儀作法なんて全然身についてないし。 でも、身についていないからこそ、その事について自分で勉強(?)していく事はホントに楽しい。学校で勉強している事よりもリアルに自分の中に染み込んでいくのが実感できるし。 そんな感じで、まだマダムにはなれないけどせめてマドモアゼルになれるように頑張っていきたいSZKでした。ではでは 文:SZK # by omoshirogaru | 2005-09-17 22:00
2005年 09月 11日
8月3日からお盆休みを挟んで8月19日までの10日間、
私はインターンシップに行ってきました。 お世話になったのは大阪にあるデザイン事務所。 デザイナーという仕事はどういうものか。 他の企業との関係はどうなっているのか。 今の私にできることは何か。 これからやるべきことは何か。 ・ ・ ・ グラフィックデザイナーという仕事に興味を持っていた私にとって、 「デザイン」という仕事に対してほとんど知識のない私にとって、 こんな貴重な経験を無駄にすることはできない、と思いました。 やる気と緊張と焦りで過ごした10日間でした。 ![]() 仕事内容は 自己紹介、会社紹介、MO初期化、パンフレット表紙考案、フライヤー作り、パッケージのサンプル組み立て などでした。 「こうしなさい」と言われるのを待つのではなく、自分から仕事を見つけること。 技術も大切だが、他人とのコミュニケーション能力も大切であること。 「正解・不正解」のないデザインに、自分がどこでキリをつけるか、ということ。 体力がなければやっていけない仕事であること。 必ずしも自分のやりたい仕事が出来るわけではないこと。 いろいろ勉強させていただきました。 ただ、会社の方が優しく接してくださったのに、なかなか積極的に質問できませんでした。 自分の中で「私は本当にデザイナーになりたいのか?」という疑問があったので、何を質問すればいいのかわからなくなってしまったのです。 でも、このインターンシップで実際にデザイナーさんが仕事している姿を見て、以前より自分の「やりたいこと・就きたい職業」について深く考えるようになりました。 まだはっきりと道が見えているわけではありませんが、進むべき方向は今までと変わらないので、これからもがんばりたいと思います。 そして今回お世話になった方々とのつながりや、これから出会う多くの人とのつながりを大切にしたいと思いました。 ありがとうございました。 文:nB # by omoshirogaru | 2005-09-11 01:40
2005年 09月 06日
『繋がり』人とでも、ものとでも・・・。何とでも『繋がり』はあると思う。私は、トレードマークと言うか何と言うか、いつもキャップをかぶっている。 それは、どこに行くのにも同じで、あるとき友人と大阪に訪れた時もそうだった。 私は、どうも注意散漫と言うか、物忘れが激しいと言うか・・・。 よく物をなくしたり、忘れたりして後々後悔するタイプである。 いつも後悔するから、どこかに遊びに行ったりしてお店に入ったりしたら必ず、周りを見回して忘れ物がないかを確認してから店を出るようにしていた。 しかし、それでも忘れ物やなくし物は完全になくなることはなく・・・。 友人と大阪に行ったとき、私はこともあろうか一番気に入っていたキャップを忘れてきてしまったのだ。 しかし、それに気づいたのは大阪から明石に帰ってきてからのことだった。 すぐさま私はその日一緒に行動していた友達にメールをした。 こんなとき、メールって便利だと感じた。時間を気にせず連絡できるから・・・。 家に戻り一度、忘れたであろう店に電話をかける。 しかし、そこではその日の忘れ物の中にキャップはなかったといわれた。 一番気に入っていたと言う事もあって、自分への後悔が頭の中を渦巻いた。 そんな時、友達から一通のメールが届いた。 「今度大阪行ったときに見に行ってきてあげるよ」 もしかしなくても、もうないかもしれない。 もう戻ってこないかもしれない。けど、私はその小さな光に託すしかなかった。 ・・・それから、3日後。 吉報が届いた。 私のキャップが見つかったのだ。 そのとき、私はこのキャップとの不思議な繋がりを感じた。 大阪と明石。電車で動けば、たったの30分くらいの距離である。 しかし、遠い。 こんな遠い街に忘れてきてしまったのに、3日後には私の手の中に戻ってきていた。 もちろん、それは友達のおかげである。だから、とても感謝している。 けど、私とこのキャップがどこかで繋がっていなければ、きっとこうして今私の手元にはなかったと思う。 こうした不思議な繋がりを、人間とでも何とでも・・・。 大切にしていきたいと、心の底から感じた。 そして、もう二度と・・忘れまいと思った。 文:琥珀 # by omoshirogaru | 2005-09-06 00:07
2005年 08月 29日
せっかくの大学に入って初めての夏休み。
これまでと同じように過ごすのはもったいないと思った私は、この夏、短期のバイトを入れて働くことにしました。 私がしたのは20,21日に地元で行われたセールのビラ配りと会場での小物の片付け。 この仕事をした2日間の間、学校で会うより多くの人と会い、友達と話をするときより多くの声を出しました。 こうして20,21日のたった2日間だけだったけど、働いてみて感じたのは「働くって楽しい!」ってことでした。 最近では学校にも行かず仕事もしない、いわゆるニートと呼ばれる人が増えて大きな問題にもなりつつあります。ニートが増えていく裏には人とうまく付き合えず、やる気が希薄になっていく人々の想いがあると思います。 私自身、人と新しく関係を築くことが得意ではなく、それが今までバイトをしてこなかった理由の1つでもありました。 働く、ということはどんなに嫌でも人と触れ合う事を避けられないということなのです。 でもこの2日間一緒にバイトをした5人の女の子達や、私がビラを配っていたときに受け取ってくれた人、声をかけてくれた人、通り過ぎていった人。 その人たちと同じように会うことはもう無いんだなぁ、なんて思うと、お金のためだけじゃなくて人との一期一会を味わうためにバイトをするのもいいものだと感じました。 働くということは人と触れ合うからこそ楽しいもの。 そんな考えができるようになったこの2日間は、私にとってかけがえのないものになりました。 文:りん # by omoshirogaru | 2005-08-29 21:56
2005年 08月 23日
「世界から軍服がなくなることを願います。」
この声は私を迷路へ連れて行った。 ![]() 目の前に二つの壁がある。 一方には「軍服のない世界=平和な世界」、もう一方には「軍服=悪なのか」 と書かれている。どちらを選べばよいのだろう。 軍服を着る必要のない世界は、武器を使わなくていいかもしれない。 でも、だからと言って誰も傷つかない世界が訪れるのか。 何が平和なのか分からない。 けれど一つだけハッキリしたことがある。 それは望まない争いに巻き込まれ命を落している人たちがいるということ。 その人たちを少しでも多く救える世界になればいい。 文:灰音 # by omoshirogaru | 2005-08-23 19:09
2005年 08月 19日
8月15日。60回目の終戦記念日を迎えた。
今年は60年という区切りの年というのもあって、多くのメディアで特集が組まれていたように思う。 私も今年は“戦争”そして日本についてもう一度考え直してみようという思いをもって8月15日を迎えた。 私はこれまで日本が行った先の戦争に否定的な立場にいた。 国内外を問わず多くの犠牲者を出し、当時の日本人の暮らしぶりが悲惨であったことは間違いない。 しかし先の戦争で、未来の私たち日本人のために亡くなっていた方がいることを私たちは風化させてしまってはいないだろうか。 私たちは今、独立国家としての日本で生きている。 先人たちのおかげで今の生活を享受できていると言っても過言ではない。 そのことを忘れてはいけないと思う。 私はこのような思いをもって、先日お墓参りのため田舎に帰省した際、祖父祖母に戦時中の話を聞いた。 二人の話はリアルで、私がこれまで聞いてきた戦争の話より実感があった。 そして二人は話をしてくれた後、「話を聞いてくれてありがとう」と言った。 私たちは二人を含めた戦争体験者の生の声を聞くことのできる最後の世代かもしれない。 私は戦争を美化するつもりはないし、祖父祖母の話を聞くかぎり当時の生活は決してよかったとは言えない。 しかし過去の戦争を真っ向から否定することは祖父祖母を含め日本人の祖先を否定することになると思う。 今を生きる日本人として祖先を敬い、日本人としての誇りを受け継いでいくことも戦争を語る上で重要なのではないか。 戦争の記憶とともに祖先の気持ちが消えていかないことを祈り、 歴史を受け継いでいこうと思う。 文:知 # by omoshirogaru | 2005-08-19 17:00
2005年 08月 16日
夏休み中の方も、そうでない方もいかがお過ごしでしょうか?
それでは、博物館のススメ2と題しまして、前回に引き続き博物館を紹介していきたいと思います。今回紹介する博物館は、徳島県鳴門市にある大塚国際美術館です。 大塚国際美術館には、地下3階地上2階の展示スペースに1000点以上の陶板に模写された西洋絵画が展示してあります。入館料は小中学生520円、高校生1050円、一般・大学生3150円と決してお手軽とは言えませんが、館内は1日いても飽きることはありませんし、テーマパークや小旅行に行くと考えれば、3150円も納得できる気がします。 また、教科書やテレビで誰もが一度は見たことがある有名作品ばかりが展示してあるので、現地に行かなくても見られるというお得な気分が味わえます。学生の間に模写を見ておいて、卒業旅行や、新婚旅行で実物を見に行くというのもいいかもしれません。 展示について少し説明すると、大塚国際美術館では、“環境展示”“系統展示”“テーマ展示の”3つの方法で展示を行っています。 この中で私の一押しは、古代遺跡や教会などの壁画を環境空間ごとそのまま再現するという“環境展示”です。環境展示の目玉はなんと言っても、ミケランジェロの『天地創造』ですが、それに勝るとも劣らないのがイタリアの“スクロヴェーニ礼拝堂壁画”です。この礼拝堂には、教会の椅子に似せた木製の椅子が設置されていたり、グレゴリオ聖歌が流されており、雰囲気に浸りながらゆっくり時間を過ごすことができました。 まだまだ残暑の厳しい日が続いておりますので、涼しい美術館に行ってみてはいかがでしょう。 文:紅樹 ![]()
# by omoshirogaru | 2005-08-16 16:24
2005年 08月 12日
タイトルどおり初の書き込みになる人間心理学科2回生です。
こちらのブログでは今後、プレジの名前で投稿をさせていただこうと思いますのでよろしくお願いします。 スパンからブログの書き込みが回ってきて1週間になりますが、書き込む内容がなかなか見つからず、投稿がずいぶんと遅れてしまいました。そこで今回は初の書き込みであることと、書くことを探すことが難しかったということについて書かしていただきます。 私が人文通信に参加させていただくようになって既に半年以上が過ぎました。 そこでとうとうこのブログへの書き込みが回ってきたのですが、私にはとても難しいことでした。 そろそろ回ってくるからということをスパンから聞いて、自分なりに書き込みができそうな何かがないか探してはいたのですが意外と見つからないものでした。 それで、結局はこの書くことが難しいということについて書くことにしたのですが、次に新しい壁がありました。 それは、自分の文章を書く能力の低さという致命的なものでした。 これは、大学に入学してすぐの頃から既にわかっていたことではあったのですが、実際に書くとなると本当にかけないものでかなりつらいです。 なので、正直なことを言って人文通信のスタッフの皆さんの書かれる文章や文章を書く能力は、うらやましいと思いますし、またすごく尊敬する対象でもあります。 前期の日程では少し忙しかったことなどがあり、なかなか人文通信の編集会議に積極的に参加することができなかったので、後期からはもっと積極的に参加していこうと思います。 なんだか1週間もブログをとめていてこんな内容で、さらにはこんな短いものしかかけないと思うと本当に恥ずかしいのですが、今は本当にこれが精一杯なのでお許し下さい。 文:プレジ # by omoshirogaru | 2005-08-12 22:12
2005年 08月 05日
私のいる居合道部には私より2つ年上の同回生がいる。
薬学部の学生で、私は彼の名に「兄さん」とつけて呼んでいる。 8月4日から一晩、私は同じ居合道部の2回生で飲み会をしていた。名目は「テストお疲れさんの会」。普段から、少人数でだったり、先輩たちとでは飲みに行くことがある私たちにとって、2回生だけの、なおかつ全員参加の飲み会は初の試みだ。大学の近所のバーの6つの予約席についた私たちの飲み会は、少し控えめなボリュームの乾杯から始まった。 料理を食べ、酒も進み、お馬鹿な話にも花が咲く。お馬鹿な話の延長にあったのは、私たちのこれからについてのことだった。 今年の夏が終わり、マフラーが恋しくなる季節には、私たちの学年は部活動を運営する立場、要するに部の幹部になる。私たちはおそらく誰もが1つは何らかの役職に就くことになる。開始時間から1時間は軽く経っている。だんだんと活気付いてきた店内で、私は目の前に座る兄さんと話をしていた。 部内でも、同じ学科のメンバーとは時々部活について話し合ってきたことがあった。しかし、兄さんとはこの話をしたことがなかった。いや、しようとしなかったのかも知れない。彼の言葉は私という存在の不安定で不完全な部分を鋭く貫き、目の前に突きつけてくるからだ。 彼は頭のいい男だ。彼の言葉は率直で、的を得ていて、時に無遠慮と思えるくらいはっきりとしたものだ。彼の語る部への思いは、熱く、重く、覚悟を感じる。共に同じ道を歩むものとして、彼の存在は頼もしい、2回生の中の柱のようでもあり、自分の覚悟にそれを本物か疑う心を混ぜ合わせてしまうカクテルシェイカーのようであり、自分の愚かさ、思慮の甘さをありありと映し出す魔法の鏡のようでもある。私は彼に対して敬意を抱き、ある種の恐怖を抱いている。彼は甘ったれることを許さない。彼の言葉は本当は直視しなくてはいけない、目を逸らそうとしていることに、髪の毛を引っ張ってでも向けさせようとしているように思える。しかし、それが彼の優しさなのだ。 居合道部に入って本当に良かったと思う、と言った彼はこう続けた。 「この部活で学んだことは、きっと将来にも役立つことだと思う」 正直なところ、そこまで考えたことのなかった私にとって、この一言は頭を思いっきり殴られたような衝撃を与えた。 人生生きているだけで何でも勉強な訳で、部活動もただ単に「勝ちたい」とかだけじゃなく、もっといろいろ考えているんだなぁ、と。ここで根がネガティブな私は「あ゛ぁ、これだから俺は考えが浅い、大馬鹿野郎なんだよぉ~」となってしまうんだけど、そこを「負けるか、コノヤロー!!」っていってがんばっていかなきゃいけないんだろうなぁ、と思う。正直なところ、この兄さんには絶対敵わないなぁと思う。けど、人間、テストとか、受験とか、就職活動とか「敵わないなぁ~」と思うことに対しても、生きている以上は神様に渡された時間の間だけでもあがいて、もがいて、それでも少しでも進んでいくしかないんだろうなぁ、と思う。 とりあえず、兄さんと話をしよう。彼の言葉で自分が凹んだり、彼からの信頼をなくすようなことになっても、一歩でも偉大な年上同回生に追いつくために。何より負けず嫌いな俺のために。そして、部活だけじゃなく人文通信とか、いろんな人生の先輩たちから受け継ぎ、あとから追ってくる者たちに受け継ぐために。 私のいる居合道部には薬学部の学生で、私の人生の先輩で、それでも同回生の、「敵わないなぁ」と思う、それでも追いつきたい偉大な男がいる。 今日も私は彼の名に、敬意をこめて、「兄さん」とつけて呼んでいる。 文:すぱん # by omoshirogaru | 2005-08-05 23:12
2005年 08月 01日
今日、大学のとある先生のもとで怪談朗読が行われた。 最初は柳田國男の恐ろしい実話を聞き、 次は小泉八雲の怪談話。そして最後に、先生作の怪談話。 真夏の夜にはつきものである怖い話。 朗読されていること自体は特に怖さを感じなかったのだが、 なんとも言えない不気味さがその部屋を覆いつくした。 淡々とした先生の朗読。 どこか日本昔話のような不思議で怖い物語。 そして。 先生の朗読の最後の大きな声。ここでメンバーは怖いと口々に叫ぶ。 私の中にもざわざわと寒気がしてきて、 やっとこの朗読会も終わりかと思われた矢先だった。 「怖い話していいですか?」 と一人が告げる。 その言葉に全員の動きが一瞬凍るものの、怖い話はメンバーからどんどん出てくる。 それもほとんどが実話。 その実話である事実が、これから家路につくという私の足を凍らせていった。 空は、開始した時間の薄紫の夕暮れから藍色に色を変え、 ブラインドの外をふわりと彩っていた。 同じ階から聞こえる誰かが出入りする音に身を震わせながら、怖い話は続いた。 ひと段落して、もう帰ろうかとみんなが身支度をしだしたとき、 朗読をしてくださった先生が低く響く声でこう言った。 「帰り、気を付けてくださいね」 そんなことを言われると余計に怖くなる。 朗読されたお話、メンバーからのお話。 どちらも怖かったが、この最後の先生のセリフが一番怖かったように思う。 真夏の夜にはつきものの怖い話。 これでしばらくは、夏を涼しく過ごせることになった。 だがもう、当分は遠慮しておこうと思った。 久しぶりに、日本の古くからの慣わしを真剣に考えた日だった。 ![]() 文:Lucy # by omoshirogaru | 2005-08-01 23:32
2005年 07月 31日
今日は日ごろ私たちのお世話になっている編集室の大掃除をした。
私はバイトのため途中参加だった。「もう終わってるんじゃないかな・・・」という不安を残しつつ、編集室に向かうと、本棚がキレイになっていた…「あぁ…やっぱり終わってたか…」とドアを開け開口一番に「遅くなってすみません」と謝罪をしたが、「まだ休憩中だからやることあるよ。」と笑顔で言われてしまった。これは遅刻した分頑張るしかないなぁ… だけど、休憩時間中は喋ったり、インターネットしたり、いつもと同じ雰囲気だった。 「ホンマに掃除するんかな??」 と心の中で思っていたら 「さぁそろそろ掃除しましょう♪」と言われた。 その途端、みんな掃除に取り掛かった。さすが大学生は違うな…と思い、 「何をすればいい~??」と子どものように聞いてばっかりの自分が情けなかった。 普段は気付かないような場所も掃除したりして、見えないところも結構汚れているんだなぁと思った。 掃除が終わったら、なんだか違う部屋のように感じた。キレイ!!別にいつも編集室が汚いわけではないけど、窓もピカピカ、床もピカピカ、きちんと整理整頓された本やプリントたち…気分もなんか晴れやかだ。 掃除中は結構しんどくて、「あ~めんどくさ~」って何回もつぶやいてしまった。だけど、終わってみたら大満足!! 何かをやり遂げるのってすごいしんどいけど、しんどい分出来上がった時の満足感は違う。しんどい思いもしなければ満足感って得られないなぁと思いました。 この調子で自分の部屋も掃除したい今日この頃です。 文:サル # by omoshirogaru | 2005-07-31 02:31
2005年 07月 21日
7月15日、人文通信8号完成おめでとう&お疲れさん打ち上げがあった。皆結構お酒が入り、テンション上がりまくりでそのままカラオケに直行!始まる前からオール覚悟で歌いまくると意気揚々で2部屋借りて早速カラオケスタート。
ところが流れてくる曲がどれだけ今までの音楽知識を頭の中で巡らしても全く分からない曲が延々と続く。聞けば宝塚や劇団四季で歌われている歌なのだそうだ。高音の歌声が部屋の中を劇場に変えんばかりの歌声である。それだけでも頭の中が「?」で一杯なのに次に流れてくるのはラルクの曲。女性が歌うラルクはそれはそれでいいもんだと思うのだが、このギャップがより一層阿頭の中の「?」を増やしていく。自分が歌い終わればすぐさま本を開き次の歌のためのスタンバイ。「俺の歌をもうちょっとちゃんと聴いてくれよ~」と若干切なくなり、これはたまらんと隣の部屋に緊急避難。 だが隣の部屋はもっと特殊な異空間と化していた。部屋の中に響き渡っていたのはアニメソング!私の知らないアニメの世界が充満していた。せっかく、8号のオタクの世界が終わったのにカラオケでもオタクか~と逆に感心してしまう。それを聞いていたN君が隣で私と同じようなリアクションをしていた。「これじゃあ避難した意味が…」と思わず苦笑い。 「俺の居場所はどこだ?」と部屋を出てドアの前でタバコをふかす私がそこにはいたのであった。 文:○ # by omoshirogaru | 2005-07-21 14:54
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